遺言書は、財産を誰にどのように分けるかを決める重要な書類です。しかし、高齢者が遺言書を作成する際、認知症などの影響でその内容が無効になるのではないかと心配する方も多いでしょう。実際には、認知症だからといって必ずしも遺言書が無効になるわけではありません。この記事では、認知症患者の遺言能力(意思能力)について解説します。
遺言能力とは?
遺言能力とは、「遺言内容を理解し、それを自分の意思で決定できる能力」を指します。遺言書が有効であるためには、この能力が遺言書作成時点で備わっていることが必要です。
法的には、遺言能力がない状態で作成された遺言書は無効とされます(民法第963条)。特に認知症患者の場合、どの程度理解力があるかが争点になることが多く、遺言能力の有無をめぐる裁判も珍しくありません。
遺言能力の判断基準
遺言能力の有無を判断する際、以下の要素が総合的に考慮されます:
- 遺言時の精神状態:遺言者が遺言作成時に精神的な障害を有していたか、その内容や程度が評価されます。具体的には、認知症の進行度や症状の重さが考慮されます。
- 遺言内容の複雑さ:遺言の内容が複雑であれば、それを理解し判断するために高い精神能力が必要とされます。単純な内容であれば、比較的低い判断能力でも足りるとされます。
- 遺言の動機や背景:遺言者と相続人、受遺者との関係や、遺言に至る経緯が考慮されます。遺言内容が不自然であったり、動機が不明確である場合、遺言能力が疑われる可能性があります。
遺言能力と改訂長谷川式簡易知能評価(HDS-R)
HDS-Rとは?
改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は、認知症の早期発見や進行度の把握を目的とした知能検査です。30点満点で評価され、主に以下のような項目から構成されています:
- 日時の認識:日付や曜日、時間などを正確に答えられるか。
- 場所の認識:現在いる場所や地名を答えられるか。
- 記憶力:簡単な単語の記憶やそれを再生できるか。
- 計算能力:簡単な引き算や計算を正確に行えるか。
- 言語能力:言葉を適切に理解し使用できるか。
HDS-Rのスコアに応じて、認知症の有無やその重症度を大まかに把握することができます。
HDS-Rのスコアと遺言能力
HDS-Rのスコアが低い場合、認知症が進行している可能性がありますが、それだけで遺言能力の有無を直接判断することはできません。以下のような点に留意する必要があります:
- スコアが高い場合
基本的に遺言能力が認められる可能性が高いと考えられます。ただし、遺言書の内容や作成時の状況も重要です。 - スコアが中程度の場合
状況次第では遺言能力が認められることがあります。医師の詳細な診断や、作成時の精神状態に関する証拠あると良いです。 - スコアが低い場合
一般的には遺言能力が否定されやすいですが、作成時の一時的な意識の明瞭さ(ルシッド・インターバル)などを証明できれば、遺言能力が認められる場合もあります。
HDS-Rは、遺言能力を判断するための参考資料として有用ですが、それだけでは結論づけられません。医師の診断や遺言作成時の具体的な状況が重要です。
遺言能力を証明するための方法
認知症患者が遺言書を作成する際、遺言能力を証明するために以下の方法が有効です:
- 医師の診断書:遺言作成時の精神状態を示す診断書を取得することで、遺言能力の有無を客観的に証明できます。
- 公正証書遺言の作成:公証人が遺言者の意思能力を確認し、作成する公正証書遺言は、後日の紛争を防ぐ効果があります。特に、医師の立ち会いを求めることで、遺言能力をより確実に証明できます。
- 専門家の立ち会い:司法書士や弁護士の立ち会いのもとで遺言を作成することで、遺言能力に関する証拠を残すことができます。
まとめ
認知症患者であっても、遺言能力が認められれば遺言書は有効です。遺言能力の有無は、遺言作成時の精神状態や遺言内容の複雑さ、遺言に至る経緯など、多角的に判断されます。遺言の有効性を確保するためには、専門家の助言を得て、適切な手続きを踏むことが重要です。
とはいえ、遺言能力の有無について疑問のある状態で遺言を作成しなければならい、という事態にならないように判断力が十分にある元気な間に遺言を作成した方が良いです。まだ「元気だから」と遺言を後回しにせずにお早めに遺言の作成をお勧めします。